black diary

にゃーん

A Midsummer Night's Dream(だいたい第三幕第二場について)

1.モチーフ:蛇

3.2.68-73

O, once tell true ; tell true, even for my sake !

Durst thou have look’d upon him being awake,

And hast thou kill’d him sleeping ? O brave touch !

Could not a worm, an adder, do so much ?

An adder did it ; for with doubler tongue

Than thine, thou serpent, never adder stung.

 

2.2 144-150

Help me, Lysander, help me ; do thy best

To pluck this crawling serpent from my breast.

Ay me, for pity ! What a dream was here !

Lysander , look how I do quake with fear.

Methought a serpent eat my heart away,

And you sat smiling at his cruel prey.

 

 この蛇はまず『創世記』に出てくる、アダムとイヴを誘惑してエデンの園から追放される原因を作った蛇として不吉なことのシンボルである。そして、「体を隠したくなる」性的なことのシンボルである。また、精神分析学的に、ファリックなシンボルでもある。

 Hermiaは第三幕二場で、Demetriusが(牙でなく)’doubler tongue’でLysanderを刺したと疑っている。’doubler tongue’は勿論蛇の舌ということで狡猾なイメージを表象し、更に「舌」それ自体もまたファリックなシンボルである。ファリックなシンボルでDemetriusがLysanderを「後ろから」刺したというのだから、Hermiaはレイプ事件を疑っていたか。後背位による性交は「ソドミー」である。もちろん肛門性交だって「ソドミー」であるが。また、’brave touch’というのも、大修館版では’courageous stroke’、つまり反語的用法として「勇ましい一撃ち」を言い換えとして説明できるとしているが、むしろ「勇ましい愛撫」とでも解釈できる可能性は無きにしもあらずだ。

 また、蛇というモチーフを用いることによって、そもそも人間側の性欲が描かれているという点が興味深い。妖精側にとっては恋に性行為はつきものであり、また人間側にとっては建前として、恋はプラトニックな面が大事とのことである。森に住む「動物的」な妖精たちと、都市に住む「理性的」な人間が対比されている。しかし、夢の中でHermiaの胸の上を蛇が這い、またDemetriusを非難するのに蛇というモチーフを使用するというのは、Hermiaら人間の側にも性的な欲望があるということを示している。

 

2.モチーフ:双子

 

3.2.198-216

Is all the counsel that we two have shar’d,

The sisters’ vows, the hours that we have spent,

When we have chid the hasty-footed time

For parting us – O, is all forgot?

All school-days’ friendship, childhood innocence?

We, Hermia, like two artificial gods,

Have with our needles created both one flower,

Both on one sampler, sitting on one cushion,

Both warbling of one song, both in one key ;

As if our hands, our sides, voices, and minds,

Had been incorporate.

So we grew up together,

Like to a double cherry, seeming parted,

But yet an union in partition,

Two lovely berries moulded on one stem ;

So, with two seeming bodies, but one heart ;

Two of the first, like coats in heraldry,

Due but to one, and crowned with one crest.

And will you rent our ancient love asunder,

To join with men in scorning your poorfriend?

 

 Helenaのセリフにおいて、双子のサクランボや楯型の紋章の左右それぞれの部分(結婚すると男性の家紋と女性のそれとが、左右の両半分のそれぞれを占める)などになぞらえながら、非常に仲良く一緒に育ったHermia/Helenaという双子のテーマが示されている。ここでは、2人が1つの経験や道具を共有し、2人が一心同体であった(”As if our hands, our sides, voices, and minds, Had been incorporate”)ことが強調されている。彼女たちは仲が良いだけでなく、鏡写しのようにそっくりに育ったのである。当時、子供達にとって親との精神的な結びつきはごくごく弱いものであり、彼らにとって大事だったのはむしろ一緒に育つ子供達同士の結びつきであったという背景がここには現れている。

 しかしHelenaは、Hermiaが”our ancient love”を2つに裂こうとしており、かつHermiaとLysanderとDemetriusの3人で共謀して自分を貶めようとしているのだと疑っている。Helenaは鏡写しではあるがなぜだか自分よりも魅力的であると感じてしまうHermiaと対峙する。同じ森の中という舞台に置かれているのに、HelenaとHermiaには全く異なった人間関係が見えている。「正しい」状況を俯瞰できているのは観客だけだ。登場人物の間の認識の相違が状況を動かす契機となり物語は展開していく。

 人間たちをmanipulateしようとする妖精たちも、少なくとも今の時点では失敗している。この試みが失敗する構図は秩序の森を出た外の世界でも見られる。第五幕第一場で脚本家が演者たちをmanipulateしようとして失敗したのは都市においてであった。主に秩序を担当するのは都市、無秩序を担当するのは森であるというのは確かであるが、その境ははっきりしたものであるとは言えない。

 

3.ガラントリーの欲望

 A Midsummer Night’s Dreamが執筆された当時はエリザベス女王の治世である。エリザベス女王という「雲の上の人」であり国全体を動かしてしまう主人はさながら妖精の女王Titaniaである。

 エリザベス女王は結婚することを議会や廷臣たちに懇願されていたが、ついに結婚することはなかった。年を経るごとに彼女は処女であることで有名になり、彼女の未婚は処女性への崇拝を生じさせた。1599年には彼女は「私のよき臣民、すべてが私の夫だ」と語っている。

 PuckとTitaniaが夜を共にするということは、観劇する男性がPuckを自分に、Titaniaを女王に重ね合わせるファンタジーとしても働くであろう。しかし、女王と観客男性を「姫と騎士」の構図になぞらえてみると、実際に肉体的に結ばれるということは目標となりそうにない。そもそもエリザベス女王の処女性を崇拝しているのだから、彼女と交わって処女性を奪ってしまうということは本来避けなければならないことなのである。だが、それでも騎士からは程遠いBottomとして女王と床を共にしてしまいたいというような願望が作品の中で投影される。