black diary

にゃーん

“Billy Budd”と”Beau Travail”について

1.序章

 

 第1章では簡単に映画と原作の比較をする。第2章では映画の舞台を確認する。第3章では色と鏡という二つのモチーフを鍵に、主題論的に映画を読み解く。第4章では原作における両価的なオルガズムについて掘り下げる。第5章では原作と同時代的な諸作品を比較しつつ、映画における”beau travail”とは何であったかを探る。以上5つの章とまとめの第6章を通じて、作品のクィア性を追う。

 

1-1.映画と原作の簡単な比較

  Beau TravailはMelvilleのBilly Buddを下敷きとしている。Billy BuddにおけるBilly、Claggart、Vereの3人の登場人物はおおよそBeau TravailにおけるSentain、Galoup、Forestierの3人に対応している。Billy Buddの主人公はBillyであるが、Beau Travailは主にGaloupの視点から物語が進行する。

 以下、簡単にキーワードを挙げながら、それぞれの登場人物のプロフィールの比較をする。

 

Billy Budd (Billy Budd)

21歳。The Rights of Manから徴用される。身寄りの無い孤児。吃音症。美男子。

 

Sentain (Beau Travail)

22歳。外人部隊訓練兵(legionnaire)。身寄りの無い孤児。フランス語は堪能でなく、これはBillyの吃音症とも比較できる。

 

John Claggart (Billy Budd)

船上の警衛に当たる下士官(Master-at-armsでかつPetty Officer)。黒い髪を持つ外国人。

 

Galoup (Beau Travail)

上級曹長(Adjudant-chef)。下士官の中では最高位。国籍については明言されない。建前としてフランス外人部隊には将校以外にフランス国籍を有するものはいないことになっているが、制度上の抜け道はあり、実際に多くのフランス人も志願している。フランスから長く離れすぎたというセリフもあることから、フランスに何らかのルーツを持っているのかもしれない。

 

Vere (Billy Budd)

軍艦Bellipotentの司令官。大佐。子爵であり名門の出。四十そこそこの独身男。

 

Forestier (Beau Travail)

Commandant(少佐)。佐官であることから彼はフランス国籍を有する者として入隊した可能性が高い。「2-2.フランス外人部隊について」を参照せよ。

 

 

2.映画の舞台

 

2-1.ジブチの歴史

 19世紀後半以降のジブチ:1859年から、フランスの民間投資者が過半の出資を行うスエズ運河会社によるスエズ運河の建設が始まった。1875年にはイギリスがスエズ運河筆頭株主となる。1896年、第一次エチオピア戦争中にフランスはフランス領ソマリとしてこの地を植民地化した。1900年にソマリランド戦争が勃発、1920年終結。「アフリカの年」こと1960年以降もソマリ系のイッサ人とエチオピア系のアファル人の対立は複雑を極めたため独立問題は進まず、フランス領ソマリはフランスの海外県に留まっていた。1967年の住民投票によって引き続きフランス領であることを選択した後、フランス領アファル・イッサ(1967-1977)と改称された。1977年にイッサ人はジブチ共和国として独立。しかし民族対立はおさまらず、1991年にジブチ内戦が勃発した。2001年に内戦は終結した。

 

2-2.フランス外人部隊について

 フランス外人部隊とは、フランス陸軍所属の外国人の志願兵で構成される正規部隊のことである。1831年に創設されて以来現代まで一貫して存在している。

 志願者には17.5歳から39.5歳であること、正当なIDと出生証明書を所持していること、インターポールから指名手配されていないこと、身体的に適格であること、BMIが20から30であることが求められる。一方で、国籍・人種・宗教・フランス語の能力・学歴・資格・社会的地位・職業的地位・婚姻状況・従軍歴は一切不問とのことである。ちなみにGaloupの左胸にも入っているタトゥーだが、ナチスや人種差別主義的なものでないこと、stupidでないもの、顔を覆う大きなものでないものであることを条件に許可されている。

 初期の契約期間(5年)を満了し、滞りなく納税し、現状ではさらに最低2年から3年の延長契約することを条件に、フランス国籍取得の申請手続きが通ればフランス国籍を取得できる。

 フランス外人部隊の構成員は、将校は基本的に全員フランス国籍を有する者で、フランス軍の陸軍士官学校や正規軍下士官からの将校任官を経て外人部隊に配属されたものである。一方下士官以下は基本的に外人志願者である。よって将校は下士官以下とは全く別物であるが、能力と実績があれば、兵卒からたたき上げて将校となることも可能である。

 

2-3.ジブチ駐留フランス軍について

 1977年にジブチ共和国との間で交わされた防衛協定に基づき、ジブチにはフランス軍が駐留している。ジブチ駐留フランス軍は、アフリカ大陸に展開しているフランス軍舞台の中では最大規模を維持している。かつては第13外人准旅団も駐屯していたが、2011年7月3     1日にアラブ首長国連邦に移駐した。

 Galoup達が所属しているのはこの第13外人准旅団だと考えられる。13というユダの数字を背負う外人部隊である。とすると、赤いテーブルクロスの敷かれた午餐は最後の晩餐の変奏であろう。彼らの中にクローゼットの中の「裏切り者」---ホモソーシャルの中に密かに同性への過剰な欲望を持ち込む者---が潜んでいるのだ。また、ジブチで現地民により売買されるラグが伝統的に「13本の縞」の絵柄を持つというのも、13という数字がフランスから見た「オリエンタル」としての象徴であると考えられる。

 ちなみに1976年5月24日、軍事訓練の最中にフランス軍のヘリコプター(SA 330B PUMA)が南ジブチのHolholの近く、Djadjaboka谷線(thalweg)に墜落し、8人が死亡している。そのうち6人はlégionnaire(訓練生)であった。おそらく映画内で描かれるヘリコプター事故はこれを下敷きにしているのだろう。

 

2-4.時代設定: BillyからSentainへの年齢変更

 Billyは21歳である。Billy Buddの舞台は1797年であるから、彼が生まれた年は1776年、つまり「自由の国」アメリカが生まれた年でもある。彼は商船”Rights-of-Man”から英国軍艦に強制徴用される。彼はまさに人権の象徴である。

 ところで、Sentainは22歳である。Billyの年齢設定が明らかに意図的なものであるから、この変更もまた意図的になされたものであると考えられる。

 Sentainが生まれた年には何が起こったのだろうか。そのためにはまず映画の舞台を定める必要がある。2-3で述べたヘリコプター事故の起った1976年が舞台であろうか。しかし、その21年前、1955年に起った特別な事件は見当たらない。では、映画が公開された1999年はどうだろうか。これならうまく説明がつきそうである。先ほども述べたが1977年には、フランスとジブチ共和国との間で防衛協定が交わされており、それに基づきジブチにフランス軍が駐留している。第二次世界大戦が終わり、「アフリカの年」を経て、「新たな植民地支配」の形が誕生した年にSentainは生まれたとでも言えようか。もしそうなら、自由とともに生まれたBillyとは対照的であり、実に皮肉的である。

 

 

3.Beau Travailについて-主題論的視点より

 映画の視覚的なモチーフについて、色と鏡を扱う。単色、ないし色の組み合わせはそれぞれあるイメージを象徴している。また、鏡というモチーフからは視線の問題について掘り下げてみる。

 

3-1.モチーフ:色

 バーで男女の身体の上を走る色の奔流はその後それぞれに抽出され、作用し合う。主題としての青は見つけやすい。そこに滲み出す赤。2つの主題は棺にかけられたトリコロールで合流する。青と赤の間に流れる白。フランス外人部隊隊旗が結ぶ緑と赤。

 

3-1-2.青

 訓練する男達の背景を印象的に埋め尽くす空。海を背に視線を奪い合うSentainとGaloup。青はマスキュリンの体現であるようでいて、海は階調のうちに緑へと溶かし込まれる。また、原作のBillyは空色の眼であった。

 

3-1-3.赤

 血と受動性。すなわち受傷した男のイメージである。また、アダムことBillyが楽園で食べた知恵の実の色でもある。

 以下、映画で赤が出てくる場面の一部を列挙する。

 

  • 冒頭、壁画に描かれた空の色。空の中には、反転されたフランス外人部隊の隊旗(赤と緑)のような図案。
  • 黒の中に浮かび上がる出演者の名と題字の色。
  • Forestierが車の中で血について言及すると、その顔は赤く照らされる。赤が血の表象として現れる予兆である。
  • 赤いドレスを着た少女がベッドに寝そべる。彼女はGaloupの現地の恋人である。これは見られる客体としての赤である。同時に、ヨーロッパの「他者」としての赤でもある。
  • 海の中で握られるナイフにより、海(しかしこれは青か緑か区別のつけにくい)の中に赤が滲み出すことが予見される。その予見はヘリコプターの墜落により裏付けられる。
  • 青いテーブルの上にかけられた赤いテーブルクロス。
  • 罰則として穴掘りを命じられた兵士の手に滲む血。
  • 兵士たちが囲む燃え盛る焚き火に対し、Galoupが咥えるタバコの明滅する光。彼のアイデンティティは明滅とともに揺らぎを見せる。
  • ラスト、緑のベッドに横たわった主人公が銃を握る時、当然予見されなければならない色。ナイフが画面に赤をもたらしたように、銃は血と受動性をGaloupに導き入れる。

 

3-1-4.白

 「穴掘り」(または「アナル掘り」)をした後地面に現れる二本の白い筋。塩湖で力尽き横たわるSentainにこびりついた白い塩。精液の暗喩。また、酒場に向か兵士たちが着用していた軍服も白色であった。

 

3-1-5.緑

 外国人としてのアイデンティティの色。アイデンティティの曖昧さを表象する色。クィアの色。

 以下、映画で赤が出てくる場面の一部を列挙する。

 

  • 赤との組み合わせで、フランス軍外人部隊隊旗の色である。また、部隊の制服も緑。そしてグリーンベレーフランス外人部隊の象徴の一つである。
  • 美しい若き頃のForestierの写真は緑色の手帳の上に置かれている。
  • ビリヤードテーブルの緑色の羅紗の上、キューでボールを転がし合うForestierとGaloup。実際二人がセックスしたかどうかは別にして、セックスの言い換え。また、ボールの転がる先を不安げに見つめるGaloupはアイデンティティが揺らいでいるとも言えるかもしれない。
  • Sentainは緑色の文字が刻まれたコンパスを手に歩く。しかしそのコンパスはGaloupにより不正に書き換えられている。

 

3-1-6.青・白・赤

 トリコロールによって三位一体を成す。青い空を背景に行われる訓練は、

身体への虐待、受傷した男のイメージを連想させながら赤へと推移していく。青と赤は精液により間を取り持たれる。また、三位一体といえば、SentainとGaloup、Forestierの三人が構成する聖家族も連想させる。

 

3-2.モチーフ:鏡

鏡は、ジキルの男らしさを欠く恥ずべきナルシシズムを証明するだけではなく、同性愛を扱った文学において鏡を脅迫的なシンボルにする仮面と他者の関係を示してもいる(『性のアナーキー』、E・ショウォルター)

 

 Forestierは鏡を覗き込む。また、別の場面ではGaloupも髭を剃ろうと鏡を覗き込む。しかしこの時GaloupはForestierに見られていることに気がついていない。彼は鏡の中の自分の姿を見つめ、さらにForestierからの一方的な視線に晒されている。

 また、この鏡にはダンスホールにも貼られている。菱形タイル状に敷き詰められた鏡を通してGaloupは虚像としての女性を見る。そしてラスト、Galoupはこの鏡の横で踊る。

 

 

4.Billy Buddについて-身体の制御の失落、またはアウフーベン的なオルガズム

まずはBilly Buddについて以下の引用部分について掘り下げてみよう。

 

At the penultimate moment, his words, his only ones, words wholly unobstructed in the utterance were these—”God bless Captain Vere!” Syllables so unanticipated coming from one with the ignominious hemp about his neck— a conventional felon’s benediction directed aft towards the quarters of honor; syllables too delivered in the clear melody of a singing-bird on the point of launching from the twig, had a phenomenal effect, not unenhanced by the rare personal beauty of the young sailor spiritualized now thro’ late experiences so poignantly profound.

Without volition as it were, as if indeed the ship’s popu- lace were but the vehicles of some vocal current electric, with one voice from alow and aloft came a resonant sym- pathetic echo—”God bless Captain Vere!” And yet at that instant Billy alone must have been in their hearts, even as he was in their eyes.

At the pronounced words and the spontaneous echo that voluminously rebounded them, Captain Vere, either thro’ stoic self-control or a sort of momentary paralysis induced by emotional shock, stood erectly rigid as a musket in the ship-armorer’s rack.

 

 

吃音症状のあるビリーが「いまはなんらの舌もつれもなく」言葉を発する。彼は死刑という究極の身体の制御の放棄と同時に、舌を制御下に置く。ヴィア艦長に向けたその言葉は、ヴィア艦長を「まるで武器庫に立てかけたマスケット銃そっくり」に硬直したかのように、不動の姿勢で立ちつくさせる。つまり、ヴィア艦長を勃起させる。また、「瞬間麻痺症」と、彼が身体の制御を失ったことも記述される。さらにビリーは一同の心を占有する。その姿により一同の視覚を占有する。そしてその舌から言葉を人ならざるこだまとして共鳴させる。吊り上げられ天へと向かうビリーの男根的な姿は、一同を犯し、麻痺させる。

 この類型はポーの『ヴァルデマール氏の死の真相』にも表れている。死を前にしたヴァルデマール氏は催眠術を通し主人公に身を預けることを進んで望む。つまり、身体の制御が失われることを進んで欲望する。また、彼は催眠術にかけられると痙攣し、また、吃音の症状を見せる。彼はこの点において身体の制御を進んで捨てており、受動性を帯びている。しかし、彼は同時にファリックなシンボルとしての特徴も多々持つ。例えば、彼のめくれた上唇からは腫れて黒ずんだ舌が丸見えになる。『レディ・サノックスの事件』(コナン・ドイル)でストーンがヴェールをつけた女性の下唇からV字型の肉片を切り取ったのは、女性器からクリトリスを切除することの比喩であった(『性のアナーキー』、E・ショウォルター)が、ここではヴァルデマール氏の顔面に配置された女性器から、腫れて黒ずみ痙攣する男性器が生えてくるのだ。ここで、先ほども述べた、ビリーの舌が同じく男根的な象徴であろうことを思い出しても良いだろう。そして催眠術が解けた瞬間、彼はベトベトした液体となって主人公たちの手を汚す。彼は射精し、主人公たちを犯す。

 Billy Buddに話を戻そう。ヴァルデマール氏の死とは異なり、Billyの処刑においては痙攣が欠如している。その理由について、the Surgeon による「仮説」が一応示される。

 

Even should we assume the hypothesis that at the first touch of the halyards the action of Budd’s heart, intensified by extraordinary emotion at its climax, abruptly stopt—much like a watch when in carelessly winding it up you strain at the finish, thus snapping the chain

 

「ゼンマイが巻かれすぎたために」揚索に接触した瞬間に「鎖がプツンと切れ」、オルガズムを迎えたビリー。「そこでビリーの「手足を縛られた姿」(1427)は薔薇色の肉体であると同時に「ヤードの先端から垂れ下がった真珠」(1434)つまり真珠のような射精液でもある」(セジウィック)。しかし一方でセジウィックは、ビリーの死の瞬間における「筋肉系統の機械的痙攣」の欠如という「異変」は「すなわち勃起またはオーガズムの説明不可能な不在」であると述べる。

 ビリーの身体は絞首による当然予想される結果、糞尿の垂れ流し/漏精を起こさない。彼の「オルガズム」は、「男性的」なオルガズム(ウェットオルガズム)と「女性的」なオルガズム(ドライオルガズム)という2つの両価性を持つ。

 Billyもヴァルデマール氏も、アナル的(「受動的」)かつ男根的(「能動的」)なオルガズムをアウフーベン的に同時に成し遂げ、彼らは両性具有という「完全な」姿となった。

 

 

5.「美しき仕事」とは何であったのか

 Billy Buddの同時代的な諸作品を比べつつ、”beau travail”が示すものについて考察する。

 

5-1.習慣への固執:アタスン/マイクロフト/ヴィア艦長/Galoup

 「空想的なものに怯え、無秩序な想像力の領域を恐れ」(ショウォルター)、慎重に身を律する男たちについて。

 

5-1-2. アタスン:The Strange Case of Dr. Jykyll and Mr. Hyde

 アタスンは年代物の美酒への好みを矯正しようとジンを飲み、お堅い神学の本を読んで夜を過ごす。本当は芝居を見るのが好きなのに、二十年も劇場のドアをくぐったことがない。ショウォルターに言わせると、彼は空想的なものに怯え、無秩序な想像力の領域を恐れている。

 しかしジキルと同様、アタスンにも秘密にしておかねばならない一面があった。

 

‘I incline to, Cain’s heresy,’ he used to say. ‘I let my brother go to the devil in his quaintly: ‘own way.’

 

そしてアタスンにもリチャード・エンフィールドという、遊び人で年下の、特別な男性の友人がいる。二人は毎週日曜のたびに散歩をするが、”It was a nut to crack for many, what these two could see in each other, or what subject they could find in common. “なのである。そして物語終盤、アターソンは執事のプールとともに斧を振るい、鍵のかかったドアを破った先にキャビネットの中に置かれていたジキルの姿見を発見する。

 

「アターソンがジキルの赤いベーズ布地で張られたドアの後ろに見たのは、鏡に映った自分自身の顔であり、無知と斧とをもってしても打ち砕くことのできない、抑圧され、苦しみにみちた欲望の姿であった。」(ショウォルター)

 

5-1-3. マイクロフト:シャーロック・ホームズシリーズ

 シャーロック・ホームズの兄、マイクロフトも習慣の人である。

 

Mycroft lodges in Pall Mall, and he walks round the corner into Whitehall every morning and back every evening. From year ’s end to year ’s end he takes no other exercise, and is seen nowhere else, except only in the Diogenes Club, which is just opposite his rooms.

You don’t expect such energy from me, do you, Sherlock? But somehow this case attracts me.

 

 

そして彼は「発話禁止」の”queer”なクラブ、ディオゲネスクラブの一員である。

 

The Diogenes Club is the queerest club in Lon- don, and Mycroft one of the queerest men.

 

5-1-3.ヴィア艦長:Billy Budd

 彼は”grave in his bearing, evinced little appreciation of mere humor”な男である。しかし、”Starry Vere”の実は感受性豊かな一面も同時に紹介される。

 

As with some others engaged in various departments of the world’s more heroic activities, Captain Vere, though practical enough upon occasion, would at times betray a certain dreaminess of mood. Standing alone on the weather- side of the quarterdeck, one hand holding by the rigging, he would absently gaze off at the blank sea. At the presentation to him then of some minor matter interrupting the current of his thoughts he would show more or less irascibility; but instantly he would control it.

 

また、彼は処刑されたビリーを前にして、”thro’ stoic self-control”のためか、はたまた”a sort of momentary paralysis induced by emotional shock”のためか、武器庫に立てかけたマスケット銃(ファリックなシンボル)よろしく彼は不動の姿勢で硬直したように立ち尽くす。ユーモアにほとんど興味を示さず禁欲主義的なヴィアも実はqueerな存在であったという暴露である。

 

5-1-4. Galoup:Beau Travail

 道を踏み外さぬよう心がけるという性質は、ヴィア艦長に対応する登場人物であるForestierよりは、むしろよくGaloupに現れているように思われる。彼のその性質はマイクロフトのように習慣への固執、もっともそれはGaloup自身の固執というよりはカメラアイによる固執であるが、洗濯、物干し、アイロン掛けという形をとって現れる。このある種「女性的」な作業を兵士たち、特にGaloupが行う様をカメラは執拗に映し出す。ベッドメイクングもその類似だ。Galoupは銃を握るその直前まで道を踏み外さぬよう葛藤し続ける。さらに、この「習慣」には軍隊における訓練も含まれるであろう。一定のコースを各隊員が辿る訓練、隊員の各々の身体が画一の運動をするよう定められた体操も、彼らの身体が「無秩序な想像力の領域」へと放逸するのを律しようという試みのもとなされているのだ。

 しかしこれらの規則的な身体の運動は、映画ラストのGaloupの無軌道で不格好なダンスにより打ち破られる。彼はついに「道を踏み外した」のである。同一化したい「フランス」から地理的に離れることによりアイデンティティを保持していた彼は、フランスに戻された今、自己同一性を崩壊させる。

 以上、洗濯、物干し、アイロン掛け、ベッドメイキング、そして訓練がタイトルの表す”beau travail”であると筆者は考える。

 

 

6.まとめ

 

 以上、男の欲望が男へと向けられる様々な形態---眼差し、色、地理、習慣etcを追ってきた。美しい男が男のみを構成員とする組織に放り込まれて、動揺ないし組織の強化が起こる。そのどちらを描いている、と断言することは難しい。このギリギリの均衡を読み解くのはスリリングで興味深い。

 今回時間が足りなかったが、今後の課題としては、人ならざる音---しかしそれはしばしば人間によって発せられる声である---という観点から、作品を読み解いてみたいと思う。

 

 

7.参考文献