black diary

にゃーん

Never Let Me Goについて

十中八九そのうち加筆修正します。

 

1. 序論

 Never Let Me Goは「人間」対「非人間」の構図を「非人間」であるクローンの側から語る物語である。語り手キャシーにより、明確に読み手を想定して語られている設定だが、これはいかなる意義を持つだろうか。

  

2.本論

 

2.1 「人間」対「非人間」

 物語世界において、人間から見たクローンはどのような存在であるか。人間たちにとって、クローンたちは「非人間」、受け入れ難い他者でしかない。

 マダムは生徒たちを怖がっているのだというルースの説を確かめるためにルースとキャシーたちは、マダムの直前で左右二手に分かれすぐ側を通り過ぎるという対マダム作戦を実行する。マダムが恐怖に凍りついたことは予想通りだったが、蜘蛛嫌いな人が蜘蛛を恐れるようにマダムが恐怖していたこと、自分たちが蜘蛛と同じに見られていたことをキャシーたちは突きつけられて打ちのめされる。彼らは施設の外の「人間」たちから得体の知れない何か別のものであるとして認識されていると知る。

 このことはマダムの家へのトミーとキャシーの訪問の場面でも語られる。試験管の中の得体の知れない存在であるクローンたちのことを人間たちは恐れており、クローンのことも、そのクローンたちが育つ環境のこともなるべく考えたくないと思っている。それはマダムやエミリ先生も同じであり、生徒たちに対する恐怖心を抑えるのに必死だったとエミリ先生は述べている。

 人間から見たクローンは「非人間」であり、蜘蛛と同じ「動物」であり、試験管の中の得体の知れない「非生物」である。エミリ先生は、自分とマダムは生徒たちの作品を持って行って展示会を開くことで、クローンたちにも魂と心があるということを証明しようとした。こういう絵を描ける子供達を、どうして人間以下と言えようか、いや言えないだろう、彼らは人間並みであると支援者たちに訴えかけた。しかし彼らはだからと言ってクローンたちを利用する臓器提供に反対するわけではない。例えクローンたちが人間並みであったとしてもそれは「非人間」でしかなく、待遇を改善しようという話にしかならない。

 クローンはオリジナルである「親」のcopyである。ルースが言うには、クローンの「親」たちは薬物中毒者アルコール中毒者、売春婦、浮浪者、犯罪者といった人間の中でもdegenerateしたような者たちのcopyである。degenerateした人間たちの更にdegenerateしたcopyであるとして、クローンたちにあるemotionは顧みられない。

 

2.2 抵抗するクローン

 なぜクローンたちは逃げ出さず、「提供」を運命として受け入れてしまうのか。「死が、当人自身によってなされた積極的、消極的な行為から直接、間接に生じる結果であり、しかも、当人がその結果の生じることを予知していた場合を、すべて自殺と名づける。」(デュルケーム p.23)とデュルケームは述べているが、まさに彼らの行為は自殺である。なぜクローンたちは抵抗しないのか。

 なぜクローンは抵抗できないのかという問いの方が相応しいかもしれない。ヘールシャムの運営理念は保護することであり、生徒たちに幸せな子供時代を用意するために先生たちは生徒たちに対して物事を隠すこと、嘘をつくことをしていたとエミリ先生は言う。ルーシー先生の言葉を借りれば、クローンたちは自分たちの将来について教えられているようで教えられていなく、考える術を奪われている。ヘールシャムを出た後も、卒業生たちがずっとヘールシャムの生徒であるという意識を持っているという描写が何度も出てくるが、マダムやエミリ先生と再会したトミーとキャシーの様子も、1人の大人というよりは生徒のままであり、彼らが言葉をかわす様は会話というよりは授業でそのことをキャシーも自覚している。

 しかし、クローンの1人であるキャシー、トミーとともに真実をやっと知った彼女は抵抗を始める。彼女がこの物語を語り出した時にはすでに一回目の「提供」の通知が届いていており、クローンとして臓器提供をして死ぬという自分の運命を彼女は受け入れているようである。それでもなお、語るということは意義のある行為である。キャシーたちはヘールシャムにいた頃、マダムに作品が選ばれるという名誉を求めて作品を作っていた。同じようにキャシーは、今度は自分の人生を小説という作品にしようとしている。作品は作者を物語る、作者の内部をさらけ出すということをマダムは教えていたが、キャシーは自分の人生に起こったこと、他のヘールシャムの生徒たちと接する中で生まれた感情の動きを小説にすることで彼女の内部をさらけ出しており、この小説を手に取るであろう「人間」たちに、自分たちクローンにもまた魂があるのだと伝えようとしているのだ。

 

  1. 結論

 Never let me goに出てくるクローンたちは抵抗せず、自分の運命を受け入れているようである。しかし、その中でもキャシーは静かに、もしかしたら意識しないままに抵抗を始めている。その抵抗とはまさに、彼女の人生を語る事、小説を書くという事である。

 

 注

デュルケーム (2010) ,『自殺論』(訳者:宮島孝 , 中公文庫)